アップセルとは?既存顧客との信頼関係を活かして売上を伸ばすマーケティング戦略

企業が売上を拡大する方法として、新規顧客の獲得だけでなく、既存顧客との取引を深める戦略が近年特に注目されています。その一つが「アップセル(Upsell)」です。アップセルとは「より高額・高付加価値の製品やサービスを提案することで、顧客単価を上げる施策」を指します

顧客と長期的な関係を築き、満足度を高めながら、売上と利益率の向上を図ることができれば、企業としては「新規顧客を探すコストを抑えつつ業績を伸ばせる」という大きなメリットがあります。逆に、アップセルの提案が顧客の理解を得られず、押し売りのように受け取られてしまうと、ブランドイメージを損ないリピーター離れを招くリスクもあります。

本稿では、アップセルとは何か、そのメリット・デメリットや成功事例、具体的な実践ステップから評価指標まで解説します。クロスセル(Cross-sell)との違いや、LTV(顧客生涯価値)・リテンション(継続率)などのマーケティング用語とも絡めながら、アップセルが企業成長にいかに寄与するかを見ていきましょう。

監修

Macromill News 事務局

監修:株式会社マクロミル マーケティングユニット

20万人以上が登録するマーケティングメディア「Macromill News」を起点に、マーケティング知見や消費者インサイトに関わる情報を発信。

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アップセルとは

定義と基本的な考え方

アップセル(Upsell)とは、すでに商品やサービスを購入している顧客に対して、より高付加価値かつ高価格帯の製品・サービスを追加で提案し、購買金額を引き上げるマーケティング手法です。たとえば、家電量販店でパソコンを買おうとしている顧客に、より性能の高い上位モデルや周辺機器のグレードアップを勧めるケースが典型的な例です。

アップセルの狙いは、「顧客が本来必要とする機能や価値を、通常よりもグレードの高い製品で満たすことで満足度を向上させる」という点にあります。単に企業が利益を増やすためだけに押し付けるのではなく、顧客にとって最適な選択肢を提供する姿勢が不可欠です。

クロスセルとの違い

クロスセル(Cross-sell)も似た概念としてよく語られますが、クロスセルは「関連商品を併せて提案し、売上を増やす手法」を指します。たとえば、パソコンを購入する顧客にプリンタやソフトウェアをおすすめするのがクロスセルです。

アップセル

同じカテゴリの商品・サービスでグレードの高いものを提案

クロスセル

別の関連商品やサービスを追加で提案

どちらも「客単価を上げる」目的で行われますが、アプローチの仕方や訴求ポイントが異なります。実際の現場では、アップセルとクロスセルを組み合わせて提案するケースも多々あります。

アップセルが注目される背景

新規顧客獲得コストの上昇

多くの業界で競合が激化し、広告費や営業費用など新規顧客を獲得するためのコスト(CAC: Customer Acquisition Cost)が高騰しています。その一方で、既存顧客にアップセルを行う方が、追加コストを抑えながら売上を増やせる可能性があります

既存顧客のリテンションとLTV向上

既存顧客の満足度を高め、継続して利用してもらうことは、LTV(Lifetime Value)を最大化するうえで重要な戦略です。アップセルによって、より高価格帯のプランやサービスを選んでもらうだけでなく、その顧客がリピーターやファンになり、周囲に口コミとして好意的な情報を広めてくれる可能性も高まります。結果として広告費を抑えながら長期的な売上増につなげられるという効果が期待できます。

アップセルがもたらすメリット・デメリット

売上増加と利益率向上

アップセルの最大のメリットは、客単価の増加による売上と利益率の向上です。商品自体が高価格帯になればその分マージンも高くなることが多く、ビジネス全体の収益性を改善する要因となります。また、固定費用や営業活動のコストは既存顧客に対しては低めに抑えられるため、ROI(投資対効果)の観点でも有利です。

顧客満足度・ロイヤルティへの影響

適切なアップセルは、顧客にとって「ちょうど欲しかった機能や品質を見つけられた」「より豊かな体験を得られた」というプラスの印象につながる場合があります。その結果、顧客ロイヤルティが高まり、ブランドへの信頼感が強化される可能性があります。

一方で、顧客のニーズや予算を無視して高額商品を押し付けると、「売り込みがしつこい」「企業の都合だけでアップグレードを勧めている」という悪印象を与えかねません。最悪の場合、顧客離れやネガティブな口コミにつながるリスクもあるため、アップセルの方法やタイミングには注意が必要です。

過剰なアップセル提案のリスク

過度なアップセル提案は、押し売りと紙一重になりがちです。例えば、コールセンターでの電話対応やオンライン接客で、一方的に上位プランばかりを勧めてくると感じた顧客は、企業に対する不信感を持つでしょう。短期的には売上が伸びても、長期的なリテンションやブランドイメージには悪影響を及ぼす可能性が高いです。

アップセル戦略を構築するステップ

 顧客データとセグメンテーション

アップセルを成功させるには、まず顧客を理解することが大前提です。購買履歴や利用状況、問い合わせ履歴などのデータを分析し、どの顧客セグメントにアップセルの可能性が高いかを洗い出します。たとえば、すでにベーシックプランを長期利用している顧客であれば、追加機能や上位プランに興味を持っているかもしれません。

プロダクトポートフォリオの見直し

自社が提供する商品やサービスのラインナップ(プロダクトポートフォリオ)を整理し、「アップセルに適したグレードの違い」「付加価値の明確な段階分け」ができているかを確認します。例えば、SaaSの料金プランなら、フリー版→ベーシック→スタンダード→プレミアムなど、階段状にアップグレードしていくロードマップが見えやすいと顧客も納得感を得やすくなります。

タイミング・チャネル設計

アップセル提案をするタイミングは非常に重要です。顧客が購入や契約更新を検討しているとき、サービス利用が拡大して機能不足を感じ始めたとき、ライフイベントや季節要因が変わるときなど、タイミングを見計らうことで自然なアップセルが可能になります。

チャネルについては、メールマーケティング、電話フォロー、SNS広告、店頭スタッフによる提案など多様ですが、顧客にとってストレスが少なく、興味が高まったときに最適なチャネルを選ぶことが大切です。

顧客体験(CX)視点でのアップセル導線

オンラインのECサイトであれば、商品ページやカート画面で上位商品をレコメンドする仕組みを構築するのが一般的です。ただし、単に「もっと高い商品はいかが?」と訴求するだけではなく、「どんなメリットがあるのか」「追加機能で何が改善されるのか」を顧客体験(CX)の観点で具体的に示す工夫が求められます。

アップセルの具体的手法

料金プランのアップグレード

SaaSや通信サービス、ジムの会員プランなど、「段階的な料金設定」が用意されているサービスでは、上位プランへのアップグレードが最も典型的です。利用制限やサポート特典などの差異を明確にし、「もう少し機能が欲しい」タイミングを逃さずに訴求することがポイントです。

上位モデル・プレミアムサービスへの誘導

ハードウェア製品や自動車など、物理的にモデルラインナップがある場合は、顧客が検討している標準モデルに対し、上位モデルの具体的なメリット(性能やデザイン、耐久性など)を提示します。カー販売なら「安全装備が充実している高級グレード」「燃費が優れるハイブリッドモデル」など、ライフスタイルや価値観に合わせて提案すると効果的です。

定期購入プランやサブスクへの移行

ECサイトでのアップセルとしては、単発購入から定期購入へ切り替える提案が挙げられます。健康食品や化粧品など、消耗品を扱う企業が「毎月自動で届くサブスクプラン」を勧めることで、顧客の手間を減らしつつ売上を安定化できるパターンです。価格割引や特典を合わせることで、より魅力的な選択肢として見せるのがポイントです。

カスタマーサクセス部隊によるコンサル提案

BtoBのSaaS企業などでは、カスタマーサクセスの担当者が顧客の利用状況をモニタリングし、顧客の事業成長や課題解決に合わせて上位プランを提案するという手法が一般的です。単なる販売ではなく、ビジネスゴールの実現をサポートする立場からの提案なので、顧客もアップセルを前向きに検討しやすくなります。

成功事例

SaaS企業のアップセルで継続課金を拡大

あるSaaS企業では、無料トライアルからベーシックプランへ移行した顧客の利用状況を自動分析し、データの使用量やアクセス数が増えている顧客に対して、上位プランを案内するメールを送付しています。併せて、担当のカスタマーサクセスが具体的な活用事例を提示することで、多くの顧客がアップグレードに踏み切り、月額売上が大幅に増加したという事例があります。

ECサイトでのレコメンド活用

大手ECサイトでは、カート画面や購入履歴ページに「より上位の型番」「大容量モデル」「プレミアム版」をおすすめするレコメンド機能が組み込まれています。たとえばスマートフォンを買おうとしている顧客には、ストレージ容量の大きい上位機種やカメラ性能の高いモデルが表示され、比較しやすくなっている仕組みです。これにより、顧客が「もう少し良いスペックにするか」と考える機会が増え、アップセルが促進されます。

高級レストランでのワインアップセル

飲食業でも、メニュー内でのアップセルが定番です。たとえば高級レストランで、コース料理に合うワインをソムリエが丁寧に提案し、顧客の嗜好や予算に応じてワンランク上のボトルを選んでもらうケースです。これによって平均客単価は上がりますし、顧客も「特別な体験」を得られるため満足度が高まります。

アップセルの評価指標とPDCA

KPI設計(アップセル率・ARPU・LTVなど)

アップセルの成果を測るには、以下の指標がよく使われます。

アップセル率(Upsell Rate)

既存顧客のうち、どれだけの割合が上位商品やサービスを選んだか

ARPU(Average Revenue Per User)

ユーザー1人あたりの平均売上

LTV(Lifetime Value)

顧客が生涯を通じて企業にもたらす利益の合計

リピート率

アップセル後も継続利用している割合

これらの指標を追いかけることで、アップセル施策がどの程度効果を上げているか、顧客離れを起こしていないかを客観的に把握できます。

顧客の声を吸い上げる仕組み

アップセルに関する顧客の満足度や不満点を収集する仕組みも重要です。例えばアンケートやレビュー、サポート窓口での問い合わせ内容を分析し、「アップセルに対する受け止め方」や「追加で求める機能」を把握します。これにより、次回の提案精度を高めたり、必要に応じてプランや商品のラインナップを見直したりできます。

長期的なPDCAサイクル

アップセルは一度きりの施策ではなく、顧客との関係が続く限り繰り返される可能性があります。したがって、定期的にPDCA(Plan→Do→Check→Act)サイクルを回し、提案方法やタイミング、商品ラインナップをアップデートし続ける姿勢が大切です。顧客ニーズの変化や市場トレンドを掴み、適切なオファーを行えるように仕組みを継続的に改善することが、長期的な成果につながります。

まとめと今後の展望

アップセルとは、既存顧客に対して「より高い価値のある商品やサービスを追加提案し、客単価を引き上げる」マーケティング手法です。新規顧客獲得が難しくコストも高騰するなか、既存顧客との信頼関係を活かして売上と利益率を拡大する有効な施策として、多くの企業が注目しています。

一方で、アップセルが顧客にとって負担や押し付けになってしまうと、満足度を下げるリスクもあります。顧客の状況やニーズを的確に把握し、本当に必要とされる上位モデルや付加価値を提案することが大切です。

アップセル成功のためには、以下のポイントが重要になります。

データ分析と顧客理解

購買履歴や利用状況、顧客セグメントを把握し、適切なターゲットに狙いを定める。

明確な商品・サービス階層

アップグレードパスをわかりやすく設計し、付加価値の差を明示する。

タイミングと提案チャンネル

顧客が「必要としている瞬間」を捉えた提案により、快くアップセルを受け入れてもらいやすくなる。

顧客体験と満足度

提案は「顧客にとってのベネフィット」を中心に伝え、不要なアップセルを押し売りしない。

長期的なPDCAとフィードバック収集

アップセル率やLTVを追いながら顧客の声を吸い上げ、継続的に手法を改善する。

今後も、サブスクリプションモデルの普及やデジタルトランスフォーメーションの進展に伴い、アップセルの重要性はさらに高まるでしょう。ビジネス環境の変化に対応しつつ、顧客価値を最優先に考えたアップセル施策を展開できる企業こそが、競争優位を確立していくと考えられます。

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