
2026年5月15日、特別イベント「『長期利益』を生み出すマーケティング戦略 〜戦略構築・インサイト発掘・実際のアクションまで、一気通貫プロセスを学べる4時間〜」が開催されました。
本レポートでは、一橋ビジネススクール特任教授・楠木建氏と、元P&G執行役員で株式会社インサイト・ピークス 代表取締役社長の米田恵美子氏が対談した【Session1】の内容を抜粋してご紹介いたします。


ビジネスにおける戦略のゴールとは、一言で言えば「長期利益」を達成することにあります。一瞬だけであれば、無理な値下げやプロモーションで売上(トップライン)を上げることは可能ですが、それでは事業は持続しません。顧客満足、賃上げ(労働分配の原資)、社会貢献(納税)のすべては、企業が長期的に利益を上げ、配分の原資となる「ケーキそのものを大きくする」ことで初めて実現します。
そして、長期利益を可能にする「戦略」の本質の1つは「競争相手との違い(DIFFERENCE)を作る」という点にあります。
- 1. 戦略の基盤:物差しのある「BETTER」ではなく、物差しのない「DIFFERENT」
- 2. 独自の且つスケールする「DIFFERENCE」を体現する3つの事例
- ①ユニクロ(UNIQLO):ファストファッションの真逆をいく「LifeWear」という提案
- ② アリエール と ボールド(P&G):「利便性・機能」と「情緒・楽しさ」の完全分離
- ③ ドライゼロ と アサヒゼロ(アサヒビール):ノンアル市場における二段構えの包囲網
- まとめ:自社ブランドの「DIFFERENCE」を見つめ直す
1. 戦略の基盤:物差しのある「BETTER」ではなく、物差しのない「DIFFERENT」
多くの企業が陥りがちなのが、「競合より品質が良い」「納期が早い」「サービスが細かい」といった「BETTER(より良く)」を競う罠です。 「BETTER」の競争には明確な物差し(基準)が存在するため、競合もすぐに追いついてしまい、終わりなき「いたちごっこ」の泥沼に陥ります。これでは違いの賞味期限が短く、長期利益にはつながりません。
本当に戦略として必要なのは、物差しのない違い、つまり「DIFFERENT(根本的に違う)」なポジションを取ることです。独自の「DIFFERENCE」があれば、競合を戦争やスポーツのように「やっつける(ゼロサムゲーム)」必要はなくなり、独自の顧客層を惹きつけることで、1つの業界に複数の勝者が同時に存在できる「平和な競争」が可能になります。
さらに、その違いが単なる小さな「ニッチ」で終わらないためには、「人間の本性」に根ざした、広くスケール(拡大)するインサイトをとらえることが腕の見せ所となります。
2. 独自の且つスケールする「DIFFERENCE」を体現する3つの事例
セミナーでは、この「独自のスケールするDIFFERENCE」を構築することで、カニバリゼーション(自社競合)を回避し、市場を拡大させている見事な実例が紹介されました。
① ユニクロ(UNIQLO):ファストファッションの真逆をいく「LifeWear」という提案
ユニクロの戦略ストーリーの起点にあるコンセプトは、カジュアルウェアやファストファッションではなく、「LifeWear(生活のインフラとしての服)」です。
- 独自のDIFFERENCE:「服で個性を発揮する」というファッションの常識を覆し、生活を快適便利にする「生活のインフラ」として服を定義しています。ヒートテックのように、肌に近いところで温めるという、これまでの下着とは根本的に異なる(DIFFERENT)アプローチがその象徴です。
- スケール化の仕組み:トレンドを追うファストファッションは2週間〜1ヶ月のスパンで動きますが、ユニクロは2年〜3年先まで販売計画を立てる「固定性」をあえて抱えます。これにより、繊維メーカー(東レ)と共同で革新的な素材を大量生産・大量発注し、圧倒的な低コストで仕入れる「規模の経済(スケール)」を確立 。規模が大きくなればなるほど、他社が真似できない強固な壁となります。
② アリエール と ボールド(P&G):「利便性・機能」と「情緒・楽しさ」の完全分離
P&Gは、同一カテゴリー内の2ブランドで、ターゲットの「人間の本性(価値観)」を徹底的にリサーチし、見事なDIFFERENCEの二軸化を成功させました。
- アリエールのDIFFERENCE:「清潔好き、きっちり、家事が得意」という真面目なお母さんたちをターゲットに設定。先進的・科学的アプローチによる「圧倒的な洗浄力」や「除菌」を徹底訴求するリポジションを行いました。
- ボールドのDIFFERENCE:実は「家事が苦手・嫌い」だけど、家族が楽しそうにしていることが幸せ、という層をターゲットに設定。洗濯中のワクワク感や「驚きの柔らかさ」「幸せな香り」「パッケージのかわいさ」といったセンサリー(感性的)で楽しい洗剤へと割り切りました。
- スケール化の仕組み:コンセプトとポジショニングの見直しで両者を完全にDIFFERENTにした結果、2ブランド共にシェアを伸長させ、メーカートータルで市場1位を獲得し、圧倒的な黒字化を達成しました 。
③ ドライゼロ と アサヒゼロ(アサヒビール):ノンアル市場における二段構えの包囲網
アサヒビールは、すでに市場で圧倒的ナンバーワンである「ドライゼロ」を持つ状態で、新ブランド「アサヒゼロ」を投入しました。
- ドライゼロのDIFFERENCE:「スーパードライ」のノンアル版としての「ドライなノドごし、爽快感」を極めるポジションです 。スポーツシーンや昼間からアクティブに飲む層に絞り込み、これまでの強力な流通網を活かしてスケールを維持しています。
- アサヒゼロのDIFFERENCE:「これまでのノンアルビールは美味しくないから嫌いだ」というビール好きの層に向けた、「脱アルコール製法(一度本物のビールを作ってからアルコールを抜く)」による「衝撃のうまさ」を売りにしたポジションです。
- スケール化の仕組み:アサヒゼロという異なる独自の強み(新DIFFERENCE)を持つブランドを発売したことで、元々あったドライゼロのポジションを明確に見直すいい機会となり、結果として「ほぼカニバリゼロ」でメーカートータルのシェアを最大化することに成功しました 。
まとめ:自社ブランドの「DIFFERENCE」を見つめ直す
優れた戦略には、「何が他者と違うのか(独自性)」が明確であり、かつ「その違いが、多くの人の共感を得る(スケールする)」ストーリーが必要です 。
もし現在、「商品がパッとしない」「価格競争に巻き込まれて儲からない」と悩んでいるのであれば、自社ブランドがもつ、独自の、かつスケールする「DIFFERENCE」を定め直すことが、長期利益への確かな第一歩となります。
一橋ビジネススクール 特任教授
楠木 建
経営学者。一橋大学PDS寄付講座・シグマクシス寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書として『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年、日本経済新聞出版)、『絶対悲観主義』(2022年、講談社)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年、日経BP、杉浦泰との共著)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年、東洋経済新報社)などがある。
株式会社インサイト・ピークス 代表取締役社長/元P&G執行役員
米田 恵美子
P&G消費者/市場戦略本部・CMKにおいて、ファブリーズやレノアなどヒット商品開発・ブランド育成を通してビジネスV字回復と市場拡大に貢献。日系のゲーム業界や外食業界でマーケティング・広報本部長を務めた後、独立し、コンサルティング会社を設立。2022年に「リサーチ&データ活用の教科書」を上梓。
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