続マーケティングリサーチの未来 IIeX, Insight Innovation Exchange NA 2019に参加して

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リサーチャーコラム

2019/6/3(月)

2019年4月、今年も最も先鋭的なマーケティングリサーチカンファレンスである、IIeX NAがアメリカ合衆国テキサス州オースティンにて開催されました。今回は、そこに参加した際の気づきについて述べていきたいと思います。※IIeXがどのようなカンファレンスであるのかは、こちらにまとめています。

今年のIIeXは、開催地がアトランタからオースティンに変わりました。3日間のカンファレンス日程のうち、初日は実践的なワークショップ、2日目と3日目が20分間のTED方式でのセッション発表日となり、朝から晩までプレゼンが続きました。主催者発表によると、今年の来場者は1,200名以上でセッション数は200本ほどと、規模は毎年拡大。斬新なアイデア、新しい技術、問題提起など、多くの気付きを得る貴重な機会となりました。

分析すべきデータの多様化と大量化、そして機械学習

「これからのリサーチはアンケートデータの集計、分析だけではない。」

これは5年前のIIeXで語られていたことです。今年のIIeXで改めて実感したことは、それが現実になったこと、そして、少なくとも「分析されることを求められているデータ」が今ここに大量に存在するということです。アンケート結果以外のデータ(例えば、音声や画像、SNSなどのデータ)をどのように整理し、どのような視点で切り分けるか、またそうすることで生み出せる価値について、実践的なケーススタディが、例年以上に発表されていました。

マーケティングリサーチの黎明期では「データを集めること」に大きな価値がありました。しかしその価値は大きく低減し、データそのものは手を伸ばせば誰でも手に入れることができる状態に限りなく近くなっています。そしてそのデータ量(と種類)があまりにも大量であるために、多くのプロフェッショナルが、何をどうすべきなのかということに試行錯誤している状態だと言ってよいと思います。

当社で提供しているQPRMHS などの自己申告型購買データやWebログデータはもちろんのこと、POSデータ、各種カード利用履歴、スマホに撮り貯められている画像データ、表情データ、音声(会話)データ、心拍や血圧などのバイオメトリクスデータ、GPSデータ、家電や車の利用ログデータといった、ありとあらゆるデータが日々蓄積されているものの、その蓄積スピードに分析する側が追いついていないことは明白です。

IIeXではこの課題を解決するための方法論やツールについて、今までも多くの議論と紹介が行われてきましたが、今年のIIeXでは、“特別なプロフェッショナル(データサイエンティスト)”と“カスタマイズされたアルゴリズム”で今まで解決されていたマーケティング課題を、「特別なものとしない」ためのツール、しかも実務レベルの使用に耐え得る(ようになりそうな)ものやケースが提示されていました。

例えば、特定の商品カテゴリーのパッケージ画像とその評価を蓄積することで、新規パッケージの評価を予測するツール、音声をテキスト化するだけではなく感情を読み取る(予測する)ツールなどです。機械がデータを繰り返し学習することで、人間ではそう簡単に見つけられない法則を高速で見つけだして自動化するツールが実用レベルであることが確認できました。また、Black Swan社のデータ分析プラットフォーム※1、Inguo社(NEC社の社内スタートアップ)が提示した新しい因果解析アルゴリズムなどは、一般人であっても大量、多種のデータを一括で解析することが可能となる世界が目の前にあることを期待させてくれ、気持ちが高まりました。

「AIや機械学習で、職が失われる不安はないのか?」と問われると、誰もが大なり小なり“もやもや”した気持ちになるのではないかと想像しますが、私がIIeXで感じた気持ちは“高揚感”です。カンファレンス中、多くのセッションで耳にしたのが「Democratizing the Big Data / Machine Learning」という言葉でした。直訳すると、「ビッグデータ/機械学習を民主化する」になりますが、私は「ビッグデータ/機械学習を皆のものにする 」と捉えています。ビッグデータはデータサイエンティストだけが取り扱えるものではなく、一般の人々でも取り扱えるような世界もまたすぐそこにやって来ているのです。

マーケティングリサーチの世界では今から30年少し前まで、アンケートデータの集計や多変量解析は、一部の特殊技能を持った人達のものでした。それが、各社の集計ツールやパーソナルコンピューターの発展により、令和元年現在、やる気さえあれば誰でも取り組める仕事になっているのと同じことが、この数年で確実に起きるでしょう。そういった意味ではデータサイエンティストは“21世紀で最もセクシーな職業/The Sexiest Job of the 21st Century”※2ではなくなるかもしれません。

マーケティングリサーチにおける「AI時代の勝者と敗者」

トーマス・H・ダベンポートとジュリア・カービーが論じた『AI時代の勝者と敗者 機械に奪われる仕事、生き残る仕事』は決して悲観的な内容ではなく、新しい時代に向かうモチベーションを高める読後感を与えてくれました。では、マーケティングリサーチという業界、リサーチャーという仕事が消えてなくならないようにするためには、何がポイントになるのでしょうか。すでに複数の業界関係者、諸先輩方が触れていることでもありますが、改めてまとめてみると、

  1. 機械学習などの新たな技術をフルに活用して生まれる時間や余力を用いて、自動化や機械ができない業務に注力すること。具体的には、得られたデータ、ファインディングスをビジネス(マーケティング)上の課題に繋げられるようにすること。
  2. 上記1.を迅速に実現するため、ビジネス(マーケティング)上の課題の中心に立つだけの実力、柔軟性、協調性を持ち続けること。自社だけの技術、サービスにこだわるのではなく、複数のビジネスパートナーとコレボレーションできるようにすること。
  3. 複数の事実データをマーケティングリサーチに組み込んで、そのうえで「Why」を追求すること。そのために定性的なデータにも向き合うこと。

この3点をより早く、誠実にブラッシュアップできる組織・個人が、これからのマーケティングリサーチを必要なもの・価値のあるものにしていくのではないでしょうか。

終わりに

今回のIIeXで、筆者自身は40以上のセッションに参加し、個人的に印象に残ったものは数多くありました。そのうちの1つが、Microsoft社による「アンケートのアクセシビリティ」でした。同社が実施したインターネットCS調査のアンケート回答者の中に、スクリーンリーダー(文字読み上げツール)を利用されている方がおり、彼らが設計したアンケートが全くと言っていい程「テキストの読み上げ」に対応できていなかったので、アンケートの設計を1から見直した・・・という内容です。文字にしてまとめるとIIeXらしからぬ地味さなのですが、個人的には多くの気づき、新しいサービスのヒントになりました(音声認識の活用、新しい聴き方、アンケート画面の作り込み方など)。

何よりMicrosoft社ほどの世界的大企業が、アンケートのユーザビリティにここまで真摯に考え、取り組んでいることに感銘をうけました(同時にβ版PowerPointの音声認識機能の精度に驚愕しました)。

一昨年の参加報告にも書きましたが、IIeXはとても刺激的なカンファレンスであり、参加直後は「手法」や「テクノロジー」の話に終始しがちです。しかしテクノロジーありきではなく、「お客様・生活者の課題を解決するためのイノベーション」であるかどうかをまず考えることを忘れずに、AI時代の敗者にならないようこれからもマーケティングリサーチに向き合って行くことを改めて宣言します。

2020年のIIeXの日程は4/14~4/16、オースティン開催で決定のようです。このカンファレンスがマーケティングリサーチにおけるSouth by Southwest®※3になりえるかは、マーケティングリサーチに関わる我々にかかっているといっても過言ではありません!それでは、またオースティンで!

※1:日本では三井情報社、博報堂社が日本版の導入に尽力されている。(参考:https://seikatsusha-ddm.com/article/09847/

※2:米ハーバード・ビジネス・レビューの2012年10月号が、データサイエンティストを「21世紀で最もセクシーな職業」と表現し話題となった

※3:オースティンで毎年3月に行なわれる、音楽祭・映画祭・インタラクティブフェスティバルなどを組み合わせた大規模イベント。略記:SXSW。

著者の紹介

小林健

小林 健

株式会社マクロミル エグゼクティブリサーチフェロー グローバルソリューション担当
大学卒業後、ビデオゲーム会社にて営業職。海外留学中にマーケティングリサーチに出会い、帰国後は多国間調査専業のリサーチ会社に勤務。2001年11月インタースコープ入社。2013年7月より、リサーチの企画・提案・分析を行うソリューション事業本部、グローバルリサーチ部を執行役員として統括。現在は、株式会社マクロミル エグゼクティブマネジャーを務める。

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