「送り手のテクニック」と「受け手のリテラシー」

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リサーチャーコラム

2017/3/20(月)

世紀の英国首相ディズレーリの言葉として知られる『世の中には三種類の嘘がある、嘘、大嘘、そして統計だ』でもわかるように、統計にウソはつきものと思われている。

数字によるエビデンス(証拠)は客観的で信頼性があると思われているが、それを使う人の意図やテクニック次第で意図通りの印象を与えることは難しくない。ブルーバックスに『統計でウソをつく方法』(1967) と『ウソを見破る統計学』(2011) という本があり、面白いことに書かれている内容はとても似ている。送り手のテクニックと受け手のリテラシーは表裏一体であり、その技術を知ることは、ビジネスでも生活でも基本的なスキルというべきだろう。

1.見せ方には「二つの流儀」がある

数字の見せ方には「業界の流儀」ともいうべきものがある。

マーケティングリサーチ業界ではあまり冒険をせず、できるだけ客観的なグラフや網羅的な数字をみせようとする。伝えたいことがある場合も、さりげなく枠で囲ったりゴシック体にしたりする程度だ。全体像を見せないと意思決定者が誤った印象や判断をしてしまうという考え方が根底にある。
一方、広告代理店やコンサルティング会社が作るグラフでは「何を伝えたいのか」がひとめで分かることが必須である。途中のデータをばっさりとカットしたり、目盛りを工夫したり、注目させたい部分を色やサインで強調することも奨励される。
この違いがどこから来るかといえば、リサーチャーは判断を相手に委ねるためにレポートをつくり、コンサルタントや広告マンは自分の主張を伝えることが目的だからだ。ウソは論外としても、両方とも筋は通っている。大事なのは目的にあっているかどうかだ。

企業のIR担当者が投資家向け資料で株価に好材料になる事実は強調することを考えるのは当然だが、自分で株を買うときには四季報のように他社と比較可能な客観的な数表で分析したいと思うだろう。天気予報の台風データは、心構えや行動を促すために強いメッセージを発信することが大切だが、アメダスや雨雲レーダーのようなデータは、エリアを問わず私たちそれぞれが自分の判断で傘を持っていくための情報だ。どちらも私たちの生活の質を高めるには必要であり、それに適した表現というものがある。

2.「何が伝えられていないか」を考える

グラフ表現に使われる具体的なテクニックや読み解き方は冒頭にあげたブルーバックスなどを参照して欲しいが、とりわけ重要なのは「何が伝えられていないか」を意識することだ。伝えたいメッセージを邪魔するようなデータは、意図的に出さないことは珍しくない。読み手にはより高いリテラシーが求められる。
例えば、ダイソンの「吸引力の変わらない、ただひとつの掃除機」というキャッチフレーズは誰もが記憶しているだろう。機能美ともいえる製品デザインもあってパワフルなイメージをもつ消費者は多い。ところが掃除機の吸引力評価に使われる吸込仕事率という指標でみると、「変化しない」のは事実なのだが実は吸引力の数字そのものは国内ブランドの製品と比較してもともと低い。メッセージを1点に集約することによってブランド形成に成功しているわけで、データを使ったマーケティングコミュニケーションの巧みさとしてむしろ賞賛されるレベルと言ってよい。

また今年1月、総務省が定めたガイドラインに従って初めて測定された携帯電話キャリア3社の「実効速度」が各社から発表されたが、auだけが「上り」の数字を掲載しなかった。後日、NTTドコモが独自に集計して auの「上り」が割当周波数の制約で遅かったことが明らかになったが、なぜ?という問いがなければ気にもかけなかっただろう。
プレゼンにしても報道にしても、結果をそのまま信じる前に、このまま読んでもよいのかという視点を意識的に持つことが事実に近づくためには必要だ。できればデータのオリジナルにあたり、データが何を測定しているのか、どのように測定したのかというプロセスもあわせて確認することを習慣化することを心がけよう。

著者の紹介

萩原雅之

萩原 雅之

マクロミル総合研究所 所長
トランスコスモス・アナリティクス株式会社 取締役フェロー
1961年生まれ。日経リサーチ、リクルートリサーチを経て、1999年よりネットレイティングス(現ニールセンデジタル)代表取締役社長を10年間務める。2012年より青山ビジネススクール、2015年より早稲田大学ビジネススクール非常勤講師(マーケティングリサーチ)。日本世論調査協会個人会員。著書に『次世代マーケティングリサーチ』(2011年)など。

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