企画開発を成功させる

2017/12/21(木)

連載:マーケティングを成功に導くリサーチ
マーケターがマーケティング・リサーチを正しく活用すれば、マーケティングを成功に導くための貴重な情報が得られます。調査は一見簡単そうに見えますが、そこにはいろいろな落とし穴が潜んでいます。調査のオリエンテーションに始まり調査結果の解釈と意思決定にいたるまで、マーケターは各段階に隠れた落とし穴にはまらないように注意しなければなりません。今回の連載ではマーケティング活動を成功に導くために、マーケティングの活動領域別に調査を活用するヒントを提案していきたいと思います。

第5回 企画開発を成功させる

今回は企画開発を成功させるためのリサーチについて述べたいと思います。マーケティングは顧客志向が原則ですから、新製品を市場投入する際、あるいは新規事業を決定する際には、市場に受容性があるかどうかを調査するのは当然です。けれども調査した結果、顧客に受け容れられないことが分かったらどうするか?どうリサーチすればマーケティングを成功に導くことができるだろうか、という問題です。

1. 企画開発の構想が間違っていたら

■仮説検証の真意

マーケティングでは仮説検証のための調査がしばしば実施されます。仮説検証は実証科学の当然のステップですが、実務ではその意味が曲解されることがあります。
その理由は、仮説検証の調査が「仮説が正しい」ことを企業のトップや関係先に説得するために実施されることがあるからです。まず結論ありきで、後づけ資料を得ることを目的にした調査もありそうです。
「ありそうだ」というあいまいな表現をしたわけは、事の性格上「わが社では後づけ調査は何%だ」と公表する企業がないために正確な統計がとれないからです。

ではリサーチをしたあげく仮説が間違いだと実証されたらどうしたらよいのでしょうか。アカデミックの世界ならば、仮説の誤りを実証することは過去の知識の誤りを発見して学術を進歩させることにつながります。だからそういう実証研究は良い研究なのです。
一方で実務では、仮説を否定する調査は悪い調査だという評価になりがちです。なぜそうなってしまうのかをマーケティング担当者のメンタル・プロセスで示したのが図1です。

仮説検証のメンタルプロセス

図1 仮説検証のメンタルプロセス

リサーチユーザーも好き好んで調査結果を無視したいわけではありません。けれども代案が出てこないリサーチをしていると、当初案で強行突破するしか方法がないのです。企業には開発プロセスを手戻りするだけの時間的・資源的な余裕がないのが普通です。調査をやりなおすことさえ難しいかもしれません。
マーケターには夢を実現する熱意は必要です。けれどもその一方で仮説が誤っていたら既定の路線を変更する冷徹さも必要です。

2. 方向転換の仕組み

■代替案を探索するためのコンジョイント分析

コンジョイント分析は方向転換の仕組みを組み込むことができる調査技法の一つです。コンジョイント分析を狭義にとらえれば人間の効用関数を推定する計算法なのですが、広義にとらえれば、顧客の価値を取り入れて新製品や新規事業を企画設計するプロセスそのものです。データを実験計画的に生成する方法なので、周到なリサーチ・デザインが欠かせません。その意味で、意図せず集まってしまったデータを解析するデータマイニングとは対極の思想にある方法です。
アメリカでは1970年代から主に新製品の開発の分野でコンジョイント分析の産業導入が始まりました。日本でも1980年代から日用雑貨品、飲食料品、耐久消費財、事務機、サービス業でコンジョイント分析が使われてきました。

■企画開発の事例

大手の某建設会社による集合住宅の企画設計にどうリサーチが貢献したかを紹介します。そのプロジェクトはM計画という開発事業で、調査のタイミングは用地を取得して技術部門がマスタープランを作成した段階でした。
1000戸規模、約300億円の大型開発なので顧客のニーズに適合しているかどうかを仮説検証したいというのがリサーチの課題でした。
マスタープランがあるわけですから普通ならそれを想定ターゲットに提示して入居意向を聞けば済む話です。けれどもそう簡単なプロジェクトではなかったのです。
懸念材料は、同地域で競合する集合住宅が予想されること、そしてマスタープランでは用地を効率的に使うために住棟を東西採光で設計したことです。低コストで建設できるメリットがある反面、昼間の採光が得られないことになります。

そこでマスタープランが受け入れられなかった場合を想定してコンジョイント分析を選びました。コンジョイント分析は製品を構成する属性と水準(つまりスペック)を組み合わせて複数のプランを用意してそれを評価させる調査技法です(文献1)。調査対象者には事業の想定ターゲットを選んで調査しました。とはいえ対象者に示したプランそのものを評価することが調査目的ではありません。
推定された効用関数を使って、代案をシミュレーションすることが本当の目的でした。コンピュータを使って32,805通りのプランについて効用値を計算して比較しました。
その結果、マスタープランのままでは選択確率が低いことが計量的に明らかになりましたので、マスタープランをあきらめて全棟を南面採光に設計変更しました(文献2)。文字通り既定の方針を「方向転換」したわけです。その後、同プロジェクトは建設を進めて発売後1か月で完売に至りました。

■企画開発が成功した理由

M計画はプランナーの構想がユーザーの価値に適合しなかったケースです。そこで、顧客に受容される案に原案を修正したのです。ではなぜ改善案が受け入れられたのかというと、「今から直せば市場で成功する」と言えたという1点につきます。
何を言いたいのかといいますと、提案時にはまだ基礎工事が始まっていなかったのです。間に合うタイミングで調査が実施できたことが最大のポイントでした。リサーチの企画で最も肝心なのはビジネスの意思決定に間に合うタイミングで必要な情報が生み出せることにつきます。

緑豊かな庭園と日当たりのよいバルコニーのある集合住宅

緑豊かな庭園と日当たりのよいバルコニー(撮影:朝野熙彦)

私はコンジョイント分析だけが企画開発に役立つ方法だと言いたいわけではありません。そうではなく、企画開発を成功させるためには審判をするだけのリサーチではいけない、ということを言いたかったのです。もし当初プランが駄目な場合に二の矢、三の矢が提案できることが肝心です。マーケターは「事業は失敗しますよ」という審判を聞きたいわけではありません。そうではなく、「こうすれば成功します」という解決策が聞きたいのです。

今回のまとめ

★ 駄目なものをOKといったところで問題は解決しない
★ 仮説が否定されたら代替案を出せる調査が必要である
★ 意思決定に間に合うタイミングで調査をすることが一番肝心である

参考文献

  1. 朝野熙彦・山中正彦(2004)「新製品開発」朝倉書店
  2. 宇治川正人・安藤武彦・生部圭助(1983) 集合住宅における数理的手法の適用.
    オペレーションズ・リサーチ,Vol.28,No.5,210-218.

著者の紹介

朝野熙彦

朝野 熙彦

千葉大学卒業後、千葉大講師、筑波大特別研究員の兼任を経て専修大・都立大・首都大教授、多摩大および中央大大学院客員教授を歴任。学習院マネジメントスクール顧問。日本行動計量学会理事。専門はマーケティング・サイエンス。
〔主な著書〕
『最新マーケティング・サイエンスの基礎』、『マーケティング・リサーチ』、『入門共分散構造分析の実際』、『入門多変量解析の実際』以上講談社、『アンケート調査入門』東京図書、『ビジネスマンがはじめて学ぶベイズ統計学』朝倉書店など著書多数

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