ニューロリサーチ(コンセプト開発)活用事例

2020/5/11(月)

株式会社カプコン様

大ヒットゲームシリーズの最新作、『バイオハザード RE:3』のゲームコンセプト開発にニューロリサーチを活用。
~データドリブンのアプローチで目指すのは、ユーザーの声、クリエイターの感性、そして生体データを掛け合わせた、究極のサバイバルとホラーを体感させるコンセプトデザイン!~

『バイオハザード RE:3』(2020年4月3日発売)

株式会社カプコン(以下、カプコン)は、大阪に本社を置くゲームソフトメーカーで、1983年の創業以来、世界有数のソフト開発力を強みとして、これまで多くのオリジナリティあふれる家庭用ゲーム作品やゲームブランドを国内外で展開してきた。昨今ではゲーム機の本格的なインターネット機能搭載およびPCを通じたゲームプレイの一般化により、ゲーム市場のさらなるグローバル化が拡大している。なかでも、累計9,500万の販売数(2019年12月31日時点)を誇る「バイオハザード」シリーズは同社の主力ラインナップの一つだ。

今回、2020年4月3日に発売された『バイオハザード RE:3』※1の開発にあたり、これまで実施していた上市前マーケティングリサーチに初めてニューロリサーチを活用した。本ゲームは、武器やアイテムを駆使し惨劇からの脱出を試みるサバイバルホラーゲームで、グローバルで高い人気を有する1999年発売の『バイオハザード3 ラストエスケープ』を、最新の技術とアイデアでリメイクした作品だ。今回、オフラインのキャンペーンモードとオンラインモードの『バイオハザード レジスタンス』と合わせて4月3日に発売されてから5日間のうちに、全世界で200万本が出荷※2されるほどの人気ゲームとなっている。

従来、カプコンではテストプレイとフォーカスグループインタビュー等を用いたコンセプト受容調査を実施していたが、なぜ、今回新しい手法を取り入れたのか。その背景や理由について、同社のCS第一開発統括 第一編成部でプロデューサーを務める大谷剛氏に話を伺った。

課題

データドリブンなアプローチで、ユーザーのインサイトをついたゲームコンセプトを実現したい

調査概要

<手法>
新ゲーム『バイオハザード RE:3』のテストプレイ中に心拍数/皮膚電気反応(発汗活動)を測定し、そのデータをもとにプレイヤーの心理状態を分析※3
<調査エリア>
ロサンゼルス(米国)
<調査時期>
2019年2月

データドリブンなアプローチで、サバイバルとホラーの体感度を最大化し、選ばれるゲームの実現を目指す

ゲームコンテンツ市場の規模は年々増加傾向にあるが、エンターテインメントの多様化により競争はむしろ激しくなってきているため、著名なゲームブランドが新商品を投入すれば売れる、の構図は成立しにくくなっている。さらに、「バイオハザード」に代表されるような、ゾンビやホラーなどをテーマとしたゲームも多数発売されており、選ばれるゲームを実現するためには、ユーザーのインサイトを正確に把握した上で、ブランドが持つコア価値やゲームコンセプトをしっかりと訴求していくことが要となる。

上記をふまえ、今回、新ゲームのコンセプト開発で目指すのは、同シリーズのコアコンセプトである、サバイバルホラーとアクションをバランスよくゲームに組み込み、効果的にユーザーに体感させること。

カプコンでは通常、新商品上市前の段階で、キャンペーンモードを用いたテストプレイとインタビューを組み合わせたコンセプト受容調査を実施する。グローバル市場に向けた商品では、日本のほか、販売注力国も同様の調査の実施対象となる。ここで明らかにするのは、コンセプトに沿ったゲーム作りができているか、ブランドのコア価値を毀損していないか、の2点がメインだ。

「我々は、ゲーム開発者の目の付け所や経験値に全幅の信頼を置いています。加えて、ユーザーとの繋がりや、フィードバックなど、ユーザーの声もとても大切にしています。これは今後も変わることはないですが、一方で、マーケティングの観点では、ゲームという商品の特性上、どうしてもテストプレイヤーの数に限界があり、常にターゲットインサイトを見誤る可能性を危惧していました」と大谷氏は説明する。クリエイティブの現場の感性と、インタビュー調査を通じたユーザーの声に、テクノロジーに裏打ちされたデータドリブンマーケティングで導き出したインサイトをかけ合わせることで、コアコンセプトの魅力を最大化し、ユーザーに選ばれる作品を作りたい――。

こうした背景があり、今回、日本・英国・米国の3カ国で実施した『バイオハザード RE:3』のコンセプト受容調査では、通常のアプローチに加え、特に、同ゲームシリーズの最大のシェアを持ち、注力マーケットであるアメリカにおいてニューロリサーチを実施することとなった。

心拍と皮膚電気反応の計測により、プレイ中の心理状態をくまなく把握

『バイオハザードRE:3』は、アメリカ中西部にある架空の都市ラクーンシティを舞台に、大規模な生物災害(バイオハザード)に遭遇した主人公たちの極限状況からの生還作戦を描いたストーリ―だ。プレイヤーは、登場キャラクターであるジル・バレンタインとカルロス・オリヴェイラを操作し、ゾンビなどのクリーチャーたちと謎の追跡者ネメシスから逃げラクーンシティを脱出する、というゲームである。この逃走の過程で、プレイヤーは恐怖や焦燥、安堵など様々な心理状態を経験することになる。

ゲームイメージ(荒廃したラクーンシティ)

今回のニューロリサーチでは、同ゲームのコアコンセプトであるホラーとサバイバルがプレイヤーにどのように受容されたかを定量的に把握するため、人間の即時的な反応をつかさどる自律神経系のうち、興奮や警戒など生体の覚醒度を測定できる心拍数と皮膚電気反応を数値化した。プレイ中における心拍数の変化からは興奮/ストレス/リラックスなど、皮膚電気の変化からは緊張/驚き/ストレスなどをそれぞれ読み取ることが可能だ。

また、個人のゲームスキルによってプレイ完了までの所要時間に差があることや、長時間に渡り測定器具を装着することは被験者(プレイヤー)のストレスになるなどの理由から、『バイオハザードRE:3』のキャンペーンモードのみをニューロリサーチのテストプレイに使用した。同ゲームを12のチャプターに分割し、それぞれのチャプターごとに測定された心拍数・皮膚電気反応の平均値を、分析用のデータとした※4

図1 調査の流れ

できるだけ、被験者が普段のゲームプレイ中と同じような環境下でプレイできるよう、心拍測定器は対象者の胸部に直接取り付け、皮膚電気反応のパッドは、ゲームコントローラを操作する手ではなく左足土踏まずの付近に取り付けて、それぞれ計測した。

<調査風景>

「ホラーとは何なんだろう?」。分析結果がゲームコンセプトの見直しのきっかけに

こうして得られた定量データは、文京学院大学の長野准教授(生理心理学)の助言をうけつつ,生理心理学的反応モデルをベースに,プレイ中の各種反応の解釈を実施した※5。具体的には、心拍数と皮膚電気反応のスコアが、それぞれどう上昇しているかを基にして、プレイ中の心理状態を以下のように4つに分類した。

図2 心理状態の分類

「バイオハザード」のようにサバイバルとホラーを体感させるゲームの場合、被験者が「焦燥&興奮」(状態1)にある時、恐怖や焦りを強く感じていると言える。平常時に比べて心拍数も皮膚電気反応が上昇するのは、切迫感を感じていたり、人間が持つ生体能力をフルに使って物事に対処しようとしているからだ。皮膚電気反応の上昇と心拍数の低下がみられる「受動的&警戒」(状態2)では、警戒しながら集中してプレイを進めていると考えられる※6。また、自分自身で物事をコントロールができると判断している際には心拍数が上がりやすい一方、皮膚電気反応は比較的下がることから、「対処可能」(状態3)は、冷静に熟考することなく課題をクリアしている状態と解釈できる。最後に、心拍数も皮膚電気反応も両方上昇がなかった「落ち着き&平静」(状態4)では、被験者はほぼ平常のステイタスにあると言える。

以下のグラフは、被験者全員の心拍数と皮膚電気反応のスコアを平均化し、チャプターごとの心理状態として表したものだ。

図3 チャプター毎の心理状態

この結果の最大のポイントは、ゾンビとネメシスから逃げ切るという被験者のサバイバル能力が最大限試される場面であった、チャプター7~9におけるスコアの変化だ。ゾンビの襲撃が始まったチャプター7を起点として「受動的&警戒」はチャプター9まで急上昇を見せている。さらに、謎の追跡者ネメシスが登場するチャプター8~10では「落ち着き&平静」のスコアが大きく下がり、「焦燥&興奮」が上昇している。これらのことから、チャプター7~9は、被験者は恐怖やパニックを強く感じ、最も盛り上がりを見せたチャプター群であったといえる。

また、「焦燥&興奮」のスコアは、ゾンビとネメシスから逃げきったチャプター10でゼロまで下がったが、「受動的&警戒」は他のチャプターよりも高く出続けている。恐怖やパニックを経験すると、その後はより警戒・用心しながら行動するようになったのではないか、ということが推察される。

一方、前半のチャプター2~7では「落ち着き&平静」のスコアが、「受動的&警戒」より高くでており、警戒や集中度合いは比較的下がっている。また、「対処可能感」もチャプター3~7で高い状態が続いている。チャプター2ではネメシスと遭遇があったものの、被験者は大きな焦りや警戒心を感じることなく逃げることに成功し、それ以降のチャプターでも落ち着いて状況を切り抜けられるシーンが続いた結果、平常時とあまり変わらない心理状態であったと解釈できる。

この結果を受け、大谷氏はこう語る。
期待通りの反応をチャプター8の前後で得られている一方で、平常時と変わらない心理状態が続いたチャプター4~6については表現を再考する必要性がある。データに裏付けされた結果がでてくることにより、現場にも明確に課題を共有することができるので良かったです。」

しかし、これだけではないインサイトがあった。「ゲームに盛り込んだ、たくさんのゾンビに追いかけられるという演出は、当初意図していた究極の緊張感や恐怖感をプレイヤーに与え切れていなかった。警戒心やパニックの変化をデータドリブンで可視化したことで、『ホラーとは何なのか』という、非常に重要な原点に立ち戻る必要があると気づきました。」人は恐怖をどのように感じ、何故その恐怖に立ち向かうのかを、改めて考え直すきっかけになったのだと言う。

では、今回の調査をうけて、どのようなエッセンスをコンセプトに取り入れ、ゲームコンテンツに反映したのか。「答えは企業秘密です。是非、実際のゲームを体験してみてください。」

ニューロリサーチに感じた可能性、今後の展開は。

「テクノロジーに裏打ちされたデータは非常に説得力がありました。」初めて取り入れた、科学的なマーケティングアプローチについて、大谷氏はこう述べる。一方、ゲームなどのエンターテインメントは、データを把握するだけでは不完全だとした上で、「データドリブンなマーケティングにはこれまでも興味がありましたが、クリエイターが感性をあますことなく発揮し、練りに練って作り上げた作品を、テクノロジーで補完していくというアプローチに、可能性を感じました。」

さらに、前章でもふれているが、今回の実施目的は、データドリブンマーケティングを活用することで市場やユーザーインサイトを可能な限り多角的、そして正確に把握し、スピーディかつ効果的に事業を展開すること。この新しい手法を取り入れたことで、社内のメンバーの間で、データに基づいた会話が生まれてきていることも大きな嬉しい副産物だったそうだ。

「一方で」と大谷氏は続ける。「カプコンにおけるニューロリサーチの活用を考えた際に、マーケティングリサーチの枠を超えて、新たなビジネスチャンスに転換できるのでは、という感触も得ました。」新しいゲーム開発の在り方を考えていく上で、今回実施したニューロリサーチには測定データ以上に、様々な気づきがあったようだ。

  • ※1 欧米販売版のゲームタイトルは『RESIDENT EVIL 3』

  • ※2 参考プレスリリースURL:http://www.capcom.co.jp/ir/news/html/200413.html

  • ※3 本ゲームのコンセプト受容性調査は、テストプレイおよびグループインタビューの組み合わせで日本・英国でも同時期に実施。また、米国実施分については、ニューロリサーチ実施後に個別インタビューも行ったが、個別インタビューの結果や、これら2つの結果の相関関係については本事例内での言及はしない。

  • ※4 プレイ中に、ゲーム内プレイヤーが死亡した場合、そのチャプターは継続中と判断。次のチャプターが始まるまでの生理指標測定値の平均を分析に活用。

  • ※5 長野祐一郎
    所属:文京学院大学人間学部
    参考文献:
    長野 祐一郎 (2017). 11章1節 対人要因と心臓血管反応 堀 忠雄・尾崎 久(監) 片山順一・鈴木直人(編) 生理心理
    学と精神生理学第Ⅱ巻応用 (pp. 109-118) 北大路書房

  • ※6 草食動物の心拍数が捕食動物を発見した際にしばしば低下することから、このように解釈できる

大谷剛氏
株式会社カプコン
CS第一開発統括 第一編成部
プロデューサー
大谷剛氏

大手日用品・化粧品会社のマーケティング部を経て、2018年キャリア入社。プロデューサーとしてバイオハザード・デビルメイクライなどのマーケティング業務を担当。このほか、バイオハザードアンバサダープログラムやRESIDENTEVIL.NETの運営も手掛ける。

こちらの事例でご紹介したサービス

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