顧客主義は本質なのか、ただのクリシェか
私たちマーケターには、自らのマーケティングにとって「顧客」が重要であることは自明のように感じられます。ドラッカーをはじめ、企業の目的は「顧客の創造」であると言い、「顧客中心」を唱えるピーター・フェイダー教授も、プロダクト中心主義から顧客中心主義への転換を謳っています。顧客を重視するという「顧客主義」は当たり前の常識のようにビジネスの世の中にあふれていますし、顧客を大事にしない企業というのは皆無のように思えるからです。
しかし、いまだに顧客主義と訴えねばならないのは、それが普遍的な本質だからでしょうか?それは言うなれば顧客主義を叫ぶことと、すでに顧客主義を実現していることは違うからではないでしょうか?
かつて『ポジショニング』を世に出したジャック・トラウトは、多くの企業が顧客主義を信奉していながら、その実態は他社に右に倣への凡庸なビジネスやマーケティングの言い訳に過ぎないことを批判していました。なぜなら、そのような企業の商品は同じような顧客を設定しているだけで差別化がされていなかったからです。彼は「ポジショニング」というマーケティングでは極めて重要な概念を生み出しました。その意図は安易な顧客主義を標榜するのではなく、市場の競合企業に注目し自社との違いを明確にすることで、顧客の心の中に残ることが結果的にマーケティングとして有効であると考えたからに他なりません。
テクノロジーの経済的効果によって注目されてきたデジタル顧客主義
90年代頃になると、マーケティングの技術やテクノロジーが進化することで顧客の選別や到達費用が下がってくるようになりました。そして、ダイレクトマーケティングとして発展したマーケティング手法をベースにして「ワントゥワン」という概念が、再度「顧客主義」を推進するひとつの武器として浮上したのです。
それは、ダイレクトメールやテレマーケティングのように個人の住所や電話のような特定の情報を元に顧客にアプローチする方法であり、文字通り個人に向けたセールスが可能でした。また、マーケティングの販売効果を追跡できる特徴がありました。しかしながらマスメディアと比較すると、到達する一人当たりの費用も高く、効率の面でも効果の面でも制限が多いため、販促的に短期的な売上を目的としたものとして分類されていたのも事実です。
実際ジャック・トラウトが「顧客主義」を批判することができたのも、多くのマーケティング手法が、テレビや新聞のようなマスメディアを通した市場の大多数の顧客の「心の中」を想定したものだったからです。彼の前提は特定の顧客個人を狙ったものではありませんでした。したがって、顧客主義がマーケティングにおいて力を得てきた背景には、テクノロジーが経済的な効率性をもって顧客にマーケティングできるようになったことがあります。
この20年間の世界全体でのデジタルメディアの躍進には、目を見張るものがあります。それは、GoogleやFacebookなどのグローバル単位でのデジタルプラットフォームが、インターネット技術により確立したことがもちろん大きいです。同時にデジタルメディアによって、今までのどのマスメディアよりも最速でかつ低価格で個別の顧客に到達することが可能になったからです。
図1 顧客主義の背景
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マーケティングを左右する顧客のセグメンテーションの先にあるペルソナ
デジタルテクノロジーのおかげで、個別の顧客についてマーケティングできるようになったことは良いのですが、一方で“顧客をどう選別、区分けするか”というセグメンテーションについては、“その企業がどのようなマーケティングを実施すれば目的が達成するのか”という前提がないと成り立ちません。
マスマーケティングでは、選別自体が人口動態的である特性(地域、年齢、性別、職業、年収)をもとにしており、「学生」「OL」「サラリーマン」「主婦」のような大きな分類を前提としていました。例えばお菓子なら小中学生とOLがターゲットなので、そのセグメントが多く接触する雑誌や番組を選ぶ、などのようなターゲティングになるわけです。
しかしこの方法だと、実施したマーケティングや広告を改善しようとしても、具体的な広告内容に対する反応やメディアの適性については、別の調査をしない限り把握できません。そもそもマーケティング費用が少ないと、実際に広告に接触した人を調査で探すことが困難といった問題にも直面します。そして前提が大雑把なグループだと、いったい誰の意見を聞いて改善を進めるべきか迷ってしまいます。
マーケティングのターゲット顧客のセグメンテーションは、狙う顧客層が幅広いほど、あいまいで大雑把なものになり、マーケティングが目的としていた意図が検証しにくくなってしまいます。このような戦略的な意図や仮説を明確にするために、マーケターは単にデモグラフィック特性の精度を上げたセグメンテーションをするのではなく、顧客の理解においてその商品を買ってもらうために大事な発見をインサイトとして重視するようになりました。これはアカウントプランニングや戦略プランニングと言われるプロセスで、その要諦はマーケティングの狙う顧客との関わりを明確にすることでした。
ペルソナ、という言葉はマーケティングにおいて、その顧客のインサイトをわかりやすく伝えるために、顧客とその商品との関わりを正確に示した仮想の顧客像のことを言います。それは単なる顧客プロフィールより雄弁で示唆に富んでいるだけでなく、マーケティング立案に役立つ顧客の事実や認識の発見を含んでいるのが前提です。
図2 従来のターゲティングとペルソナの違い
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マーケティング論者の批判する「ペルソナ」
ところが一般的なペルソナというのは、「統計的事実ではなく創造的な仮想人格」「仮想の名前と詳細なプロフィールをもった具体的な一人の人物像」であることが多く、これが元でマーケティング論者のなかでは非常に評判が悪いのも事実です。特に実証的なマーケティング論を展開しているアレンバーグ・バス研究所のバイロン・シャープ氏は、「ペルソナは誤解を招き、害悪しかもたらさないので破棄すべきである」とまで主張しています。
顧客中心を唱えるピーター・フェイダー教授も、顧客が将来に企業にもたらす財務的価値をもとに、Customer Lifetime Value(CLTV=顧客生涯価値)をセグメンテーションの基礎とすることを提案していますが、CLTVによる選別からはペルソナは導き出せないと言っています。
“調査者の視点からみると、ペルソナは表面上の特徴をもとに人々を分類しているだけで、多くの場合顧客から将来に生み出される本来の価値とはほとんど関係がない。顧客中心主義のマーケターのセグメントとは、あらかじめ決まったデモグラフィック調査によるものではなく、個客ごとの顧客生涯価値(CLTV)から始める。その質問は顧客の属性にどんな特徴があるか?ではなく、低価値の顧客とトップの顧客で異なるところは何だろうか?である。CLTVからペルソナを作るということは難しく、そのような顧客のデモグラフィック上で共通の特徴を見出すことはできないだろう。”(ピーター・フェイダー著Customer Centricity Playbookより筆者翻訳, P34-35)
ペルソナは「ジョブ」を解き明かすカスタマージャーニーによって輝く
「ジョブ理論」を唱えたクレイトン・クリステンセン教授は、ミルクシェイクスタンドの顧客の分析から、ミルクシェイクを顧客が選ぶ際のインサイトにおいて、味や商品の品質ではなく、その前後の文脈に秘密があることを発見しました。朝ミルクシェイクを顧客が買うのは、彼らが望む「ジョブ(job to be done=こなさなくてはならない仕事)」をこなして欲しいからであったのです。それはバナナでもドーナツでも完璧にこなせないジョブであったため、ミルクシェイクを雇った(ハイアー)のです。その内容は「1. 朝に車で通勤する際」、「2. 手が汚れず手間にならず」、「3. 車内で1時間近く過ごすのにすぐに飲み干すことがなく腹持ちがよい」、「4. 朝食の代わりの食べ物」という4つでした。だからこそ、どれか一部しかこなせないバナナ(すぐ食べ終わる)やドーナツ(手が汚れる)は解雇(ファイアー)されたのです。
図3 クリステンセンのジョブ理論
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このような文脈や状況は、決して買った商品だけでは理由がわかりません。クリステンセン教授は同時に「誰Who」も重要ではない、とペルソナを批判しているように言っていますが、そうではないように思います。というのも、明らかに車を1時間近く運転して朝通うのは、特定のデモグラフィック条件の人のみだからです。そして車のなかで朝食の代わりに、腹持ちの良いミルクシェイクを雇う人物は、ある種の価値観に基づいた人々ではないでしょうか。
ジョブ理論で語られている顧客の状況や文脈に対する理解は、カスタマージャーニーという方法で顧客の行動プロセスや接点、そして感情的な変化を記述する方法でも発見が可能です。ペルソナの設定は単なるターゲティング用のセグメントなのではなく、そのような顧客が商品を「雇う」理由を明確にするための手掛かりになります。カスタマージャーニーがあってこそ、ペルソナの本来の意味であるインサイトが生きてくるのです。つまり顧客が自らの目的地に達しようとするジャーニーのなかにある自社の商品との関わり方を見出すことによって、購買機会を見つけることができるのです。
あなたのペルソナでハリウッド映画を作るとしたら
だからこそ、ペルソナはあなたの顧客層のセグメントにおけるデモグラフィック特性のただの代表サンプルではありません。顧客を生の肉体といきいきとした精神をもった、あなたのビジネスに重要な人物として存在させるための仮想の設定です。あるいはこう尋ねてもいいでしょう。
「もしあなたの顧客が、あなたのブランドを主題にしたハリウッド映画に出演するとしたら、どのような人物でどのようなキャラクターで、どのようなストーリーを描くでしょうか?」
ハリウッド映画のキャラクターはすべて虚構であることを我々は知っていますが、誰もハリー・ポッターやルーク・スカイウォーカーや、ピーター・パーカーの悩みや苦労や人生が嘘っぱちだと非難する人はいません。一部の人々はそういう人物は実在すると信じて疑わないかもしれません。あなたのペルソナも本来そういうものなのです。作っただけで満足してお蔵入りするのがペルソナではなく、彼らに喜びや不満を語らせ、それをどう解決するかをいっしょに考える存在なのです。
例えばニューバランスでは、グローバルで4つのペルソナが設定されています。それぞれのペルソナ像の大きな違いは、年齢や生活様式だけでなく、商品カテゴリーとの関わりにおいて彼らの価値観が大きなインサイトになっています。そして忘れてはならないのは、商品の価値を決めるのは最終的には顧客なのです。だからこそ、どんなことに意味や意義を見出すかは、常に顧客の側に立って考えない限り見つかることができないのです。そのような目的のために役立つ道具がペルソナでありカスタマージャーニーなのです。
図4 顧客を主人公にしたカスタマージャーニー
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ペルソナを設定する際の注意点
ここで簡単にペルソナを作る際の注意点に触れておきます。
まずペルソナを作る目的を明確にしましょう。それは既存の顧客の分類なのか、新しい顧客の獲得のためなのか、或いは特定のターゲット層やライフスタイルと自社のカテゴリーについての関わりを理解したいのか。
現在の顧客層をベースにターゲットのセグメンテーションをする場合は、人口動態的なデモグラフィックデータは不可欠です。マクロミルのブランドデータバンクなどの調査機関等が保有するデータベースもそのようなツールとして有効活用できるでしょう。
ですが定量的なデータがなければペルソナが作れないわけではありません。新しい顧客の獲得や探索的にターゲットのライフスタイルと価値観からマーケティングの可能性を発見したい場合は、まずはエスノグラフィックなそのコミュニティの実態を把握することが大事です。ファッションのようなトレンドに左右されるカテゴリーはまずは街へ出て消費者を観察することから始めるべきでしょう。
ペルソナには当然ながらデモグラフィック的特徴が必要ですが、それは出発点に過ぎません。ただ特徴を並べるのではなく、そこから見えてくる一貫したライフスタイルや価値観を仮説として想像することが大事です。特にそのようなリストから、見えにくいペルソナの感情的、または社会的な文脈を分析することは、さきほどのジョブ理論の話からも重要になります。
おそらく多くの研究者が否定する理由は、ペルソナとしての把握や顧客像の理解よりも、当初の目的を忘れてペルソナ自体が無意味に一人歩きすることを恐れるからです。逆に言うとそれだけペルソナは強力な影響力があります。仮想だから、理想像だからといって意味がないわけではありません。
ペルソナは想定との「ギャップ」を見つけることにも役立つ
どこから始めたらいいかわからない場合には、既存の顧客からはじめて、商品カテゴリーと顧客との関係から、ペルソナを組み立てましょう。マーケティングミックスである4Pからも作れます。4Pには顧客という項目はありませんが、商品のPをとっても、商品の購入者、使用者、評価者と商品との関係から分かれますし、Place=取引形態や流通チャネル別、Price=価格帯別、Promotion=販促に参加応募したか・メディア接触したか、などの関係からも、ターゲット層を明確にしてペルソナを立てることはできます。
そして一度立てたペルソナが、一貫性のある人間として社会的な像が成り立つかどうかを社内で議論してみるのも良いかもしれません。ここでただの正解を目指すのではなく、気になる点、更に検証できる点を議論すると、課題が明確になるでしょう。もしどこか現状の想定とギャップがあるなら、それを反証するようなデータや知見を確かめる必要があります。ただ議論の中心は、商品との関わりであって、詳細なプロフィール設定ではありません。商品との関わりの背景にこのペルソナ特有の文脈を見つけたいがためにその他のプロフィールが必要なのであって、その逆ではありません。
図5 ペルソナ作成のステップ
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ペルソナもカスタマージャーニーも次のアクションに結びつかなければ意味がない
ペルソナは人の話なので、国や人種、居住エリアのような大きい文化的なフレームが前提で、その上で性・年齢別のデモグラフィックがあるわけです。そういう意味では、実際の行動や態度に影響を与える物理的な枠組みや、文化的な条件がペルソナの大きなセグメントになるわけです。例えば共通の関心が中心となるファンコミュニティなどは、地域的な差や性・年齢別の差よりも、ファンとしての熱意の差がセグメントだったりするかもしれません。
既存の顧客から始めた場合、最初から多くのセグメントがあり、ペルソナの数も多くなってしまうかもしれません。しかし、カスタマージャーニーを含めて検討すれば、商品との関わりの面で大きな差がないペルソナは減らしたほうが良い場合もあります。ジョブ理論において、「誰かが重要でない」というのはこの点においてです。特定の購買機会や使用目的を理解することが商品との関わりを明らかにするからです。ペルソナよりもカスタマージャーニーが重要である、という意味ではなく、どちらの点についても顧客の意識や行動についてその要因が把握できることが大事な点です。これらの発見のことをインサイトというのであって、このような意義がなければ、ただ顧客の特長や行動履歴を並べただけになります。
これらの顧客理解も、そこでとどまってしまえば意味はありません。これらのインサイトからヒントを得た仮説を形にして何らかのアクションを起こすことに意義があります。だからこそ意義のあるペルソナやカスタマージャーニーと言うのは常にバックアンドフォースを繰り返しながらマーケティングに活用すべきものであって、決して完成することはないと考えて良いと思います。
1991年広告代理店の営業としてスタートし、I&SBBDOでストラテジックプランナーを経て消費財メーカーのマーケティング企画および調査を担当。2002年ナイキジャパンでナイキゴルフの広告を担当し、その後同社でウィメンズトレーニングのブランドマネージャーを経験。2009年にニューバランスジャパンに入社し、ニューバランスのPR、Webおよび広告宣伝、販促活動全般を手掛ける。2017年より直営店およびEコマース事業も統括。
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