調査手法選択のポイント

2017/5/29(月)

連載:マーケティングを成功に導くリサーチ
マーケターがマーケティング・リサーチを正しく活用すれば、マーケティングを成功に導くための貴重な情報が得られます。調査は一見簡単そうに見えますが、そこにはいろいろな落とし穴が潜んでいます。調査のオリエンテーションに始まり調査結果の解釈と意思決定にいたるまで、マーケターは各段階に隠れた落とし穴にはまらないように注意しなければなりません。今回の連載ではマーケティング活動を成功に導くために、マーケティングの活動領域別に調査を活用するヒントを提案していきたいと思います。

第2回 調査手法選択のポイント

今回はマーケターが調査手法を選択するポイントについてお話しします。調査にオールマイティの手法はありませんので、マーケティング課題に応じて適切な手法を選ぶのは当然です。今回は調査にはそもそもどのような手法があるのかを俯瞰しようと思います。あわせて対象者条件の設定とサンプル数の計画について参考意見を述べましょう。

データ取得の仕組みによる4区分

下図はデータを取得する仕組みにもとづいてさまざまな調査手法を整理したものです。この整理はあくまでも私の個人的な見解です。
全く同じ調査手法なのに別な呼称をされることがありますので注意してください。たとえばグループ・インタビューだけでも、フォーカス・グループ、集団面接、グループディスカッション、グルイン、GIなど様々な呼び方がされています。

調査手法の整理 A
調査手法の整理 B
調査手法の整理 C
調査手法の整理 D

調査手法の整理

※A~Dの図は画像をクリックすると大きなサイズで見ることができます

A:質問する調査

マーケターが調査というとまず念頭に浮かぶのが、質問をして応答を求めるタイプの調査でしょう。質問の順番と質問文をあらかじめ決めて調査するのが「構成的な質問」のグループです。マスコミでいう「アンケート調査」はたいていこのタイプをさします。
一方、非構成的な質問では臨機応変に質問が変わります。その方が対象者の「生の声」が聴けると期待されるからです。グループ・インタビューでは出席者間のディスカッションに触発されて、新しい発想が生まれるかもしれません。デプスインタビューの特徴は回答を束縛しない「ゆるい質問」にあります。専門用語では、それをNon directive interview(非指示的面接)と呼びます。

B:傾聴する調査

生活者による自発的な発言を横から傾聴することによってデータを取得する調査です。Aブロックの調査の本質はAskingでありBブロックの調査はListeningです。時代の要請はAの調査からBの調査に移っていると提唱したのが萩原氏(2011)でした。生活者の自発的な声にマーケターは耳を傾けるべきだ、というもっともな主張です。 

C:観察する調査

未開の大地を探索することも調査に含まれますので、コロンブスらの大航海時代にはすでに観察調査は始まっていたといえましょう。近年注目されているビジネスエスノグラフィーも、19世紀の民族誌学に起源があります。Aブロック、Bブロックの調査は「言語中心のデータ」を収集することを中心にしていました。けれども消費者には購買行動の原因と結果を正確に言語報告することができないことがあるかもしれません。Cはノンバ―バルな情報を重視する手法群といえます。

D:実験する調査

余分な変数をコントロールして実験することで、原因と結果の法則性を実証しようとするのがDブロックの調査です。この方法論が確立されたのが1920年代のフィッシャーによる農事試験でした。実験計画法と無作為抽出の理論はフィッシャーの功績です。実験には実験室の中だけでなくフィールド実験も含まれることはフィッシャーの時代から自明でした。STMというのは模擬テストマーケティングという市場実験の略です。CLTは会場法のテストで、HUTは家庭での試用テストです。

実験調査はアクティブなリサーチの代表です。その対極にあるのがSNSの解析のようなパッシブなリサーチです。待ち受け系のリサーチといってよいでしょう。Aブロックの調査はアクティブとパッシブの両面に対応します。

目的による調査手法の選択

企業内では、リサーチの使いみちに関して、他人を説得するための調査か発見のための調査かという2つの目的の間で、綱引きが繰り返されてきたのではないでしょうか。
マーケターが自らの企画を社内外に説得するための調査もあれば、調査によって予想もしない発見をするための調査もありましょう。
調査というものは、分かりきった事実を再確認して説明責任をはたすための手続きにすぎない、という認識もあるかもしれません。「仮説検証の調査」とは、仮説が正しいことを証明するための手段だ、と思い込んでいる人もいます。
アカデミズムの世界では仮説検証の調査とは、仮説を否定できる調査を意味します。仮説の否定はネガティブな面だけでなく、ポジティブな面もあります。仮説の誤りを発見して企画を軌道修正できれば、事業は救われるかもしれないからです。

さて仮説に白黒つけるのに適した調査手法は上図のDブロックのリサーチです。一方、発見に適した調査手法はBやCブロックのリサーチです。
もちろん、このような区別は程度問題ですし工夫によりけりです。ネット調査のような質問紙調査であっても、自由回答の質問を設けることで、マーケターが予想もしなかった回答が得られるかもしれません。

対象者条件の設定とサンプル数の計画

調査対象者の条件を厳密に絞り込むべきかとサンプル数の計画は、業種と商品だけで決まる問題ではありません。同一の商品であってもマーケティングの活動段階によって対処が変わってきます。マーケティングの活動段階にそって対処法をまとめたのが表1です。

表1 対象者条件の設定とサンプル数の計画(A、B、C、Dは「調査手法の整理」のブロック名)

マーケティングの
活動段階
対象者条件 中心になる
調査手法
重視するポイント サンプル数の計画
市場実態の把握 市場のユーザーであることが条件 A、C 市場代表性を重視 1,000サンプル
新しいアイデアの探索 絞り込まない A、B、C 自由回答、行動観察からの気づき サンプルは多く?
画期的な新製品の開発 ユーザーは不明なので、できるだけ広く A、D Dで開発方向を決めAで市場性を予測 Aは1,000サンプル
既存市場への後発参入 既存市場のユーザー A 後発の優位性を判定 500サンプル
既存市場の維持・防衛 自社品のユーザー A、B 顧客とのリレーションを重視 500サンプル
既存品のリニューアル 自社品のユーザー
競合品のユーザー
D CLTやHUTで結論を出す 100サンプル

市場実態を把握するための調査では、サンプルが市場全体を代表していることが重視されます。国民を代表する必要はなく、ユーザーを代表していればよいのです。発泡酒の市場なら発泡酒の飲用者と購買者を対象者に選ぶ、という意味です。
新しいアイデアの探索の欄では「サンプル数は多く」に?マークをつけました。その理由は、SNSやPOSデータのデータ量は膨大ですが、新しいアイデアはそう多く発見できないだろうという意味です。ビッグデータの解析は膨大なデータの山からレアな宝探しをする、いわばマイニングの仕事です。ビッグデータの大部分が無駄なデータであっても、それは怒ることではない、という気構えが必要です。
表1からマーケティング課題が明確になるほど、必要なサンプル数が減っていくという規則性に気づかれたことでしょう。
Dブロックの実験調査は100サンプル前後で行われることが普通です。すべてのマーケティング課題で大規模なサンプルが必要なわけではないことは理解してください。とはいえサンプル数の決定に単純なルールは存在しません。むしろリサーチの経験則がものを言う部分です。調査の初心者の方はできるだけ調査の専門家に相談されることをお勧めします。 最後に、マーケティングの活動段階を明確に意識することが、適切な調査手法を選択する最大のポイントであることを述べて締めくくりにします。

次回からは、マーケティング課題にそったリサーチの使い方を提言する、という各論に入っていきたいと思います。

今回のまとめ

★リサーチを実施する目的は社内外を説得するためか、新しいヒントを発見するためかを自覚することが大事
★調査手法には、待ち受け系の手法とアクティブな手法がある
★マーケティングの段階によって対象者条件とサンプル数は変わる

文献:萩原雅之(2011)「次世代マーケティング・リサーチ」ソフトバンク・クリエイティブ

著者の紹介

朝野熙彦

朝野 熙彦

千葉大学卒業後、千葉大講師、筑波大特別研究員の兼任を経て専修大・都立大・首都大教授、多摩大および中央大大学院客員教授を歴任。学習院マネジメントスクール顧問。日本行動計量学会理事。専門はマーケティング・サイエンス。
〔主な著書〕
『最新マーケティング・サイエンスの基礎』、『マーケティング・リサーチ』、『入門共分散構造分析の実際』、『入門多変量解析の実際』以上講談社、『アンケート調査入門』東京図書、『ビジネスマンがはじめて学ぶベイズ統計学』朝倉書店など著書多数

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